大分県インプラントの歴史

1.インプラントのはじまり

インプラントは、比較的新しく始まった治療というイメージがありますが、実は、人類は太古から失った歯を補う試みをしていた事がわかっています。
上顎骨に鉄製のインプラントが埋められている、紀元2~3世紀頃の古代ローマ人が発見された例をはじめ、これまで世界中で発掘された古代遺跡から見つかった骨やミイラの顎部分に、
象牙、宝石、貝殻等が埋め込まれている事が判明しました。機能的に成功したと考えられる最古のインプラントは、紀元7世紀頃のマヤ族の20代と見られる女性の下顎部分から発見されています。

このインプラントには貝殻が使用されていましたが、歯石がついている事、エックス線検査では周囲に骨造成が確認されている事から、世界で最も古い、実用に耐えたインプラントだと考えられています。

その後、中世ヨーロッパでは牛の骨や、人の歯を使ったインプラントが確認されており、それ以降も、鉄・金・ステンレスなどさまざまな材質のインプラントが見つかっています。しかし、当時は麻酔もなく、技術も低く、さらに材料も悪い為、成功率が低い治療法との認識になり、その為、歯を失った時の治療法の主役の座は、より安全な入れ歯へと傾いていきました。

近代のインプラントの基礎になり、近代インプラントの祖と評される事が多いのは、
1913年に歯科医師グリーンフィールドが開発した円筒型のインプラントです。
その後、1930年代にはスクリュー型、1940年代にはらせん型のインプラントが考案されました。
しかし、これらの予後は著しく悪いものでした。

チタンを使用したインプラントの確立

インプラントが本格的に治療法として確立されるキッカケになったのは、1952年、スウェーデンのルンド大学のペル・イングヴァール・ブローネマルク教授の研究での、チタンが骨としっかり結合する現象、「オッセオインテグレーション」の発見でした。
この発見から、ブローネマルク教授は、さまざまな医学分野でチタンが応用できると考え、さらに研究を進めました。

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動物実験を開始し、チタンが人体に安全なものであり、骨と強固に結合するというデータを積み重ね、10年以上の歳月経た1960年代から、人へのチタンを使用した本格的なインプラント治療が始まりました。ただ、ブローネマルク教授は歯科医師ではなかったため、ブローネマルク教授への批判的な立場の歯科医師も多く、普及には至りませんでした。しかし、このような功績を残したブローネマルク教授は「現代デンタルインプラントの父」と呼ばれています。

進化を遂げるインプラント

主流となったチタンを使用したインプラントですが、治療に半年~1年ほどという非常に長い期間を要するため、患者様の大きな負担になっているのが課題でした。そこで、治療期間が短縮できる、かつ、骨との結合をより強固にするための研究が続けられ、ハイドロキシアパタイトをコーティングしたインプラントが登場しました。

ハイドロキシアパタイトは生体の成分と同様の成分を有するすので、骨形成において骨誘導能が期待できます。つまり、ハイドロキシアパタイトをコーティングしたインプラントは、チタンだけのインプラントに比べて、骨と結合しやすく、治療期間が飛躍的に短縮されることになったのです。

その結果、半年~1年ほどかかっていた治療期間が半分以下の期間で終わったという症例も数多く報告されるようになり、患者様の負担が大きく軽減されることとなりました。

日本でも1990年代からさまざまな製法が研究・開発されていますが、特に再結晶化ハイドロキシアパタイトをコーティングしたインプラントでは、100%近い結晶度を実現され、現在では広く臨床に応用されています。

日本でのインプラントの歴史

日本で初めてチタン製インプラント手術が行われたのは、1983年です。
長い歴史を持つインプラント治療ですが、日本にとっては新しい治療法として認識されており、普及に時間がかかりました。

この頃、人工サファイアを使用したインプラント治療もおこなわれていましたが、人工サファイアは骨結合しないため、周囲の骨に固定しなければならなかったり、折れや破損といった問題が生じる例が多く、インプラントのイメージが悪化した経緯があり、日本国内では、インプラントは良くないものだ、という見解がなされる原因となりました。

しかし、現在ではインプラント体の進化、歯科医師の技術向上により、インプラント治療は、歯を失った際の治療における選択肢のひとつとして定着しています。

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